主人公の「僕」は、今日も日記を書いている。こんな誰もいない場所に来ると、日記帳が友達だ。この日記帳が彼の死後、面白おかしく脚色されて、旅をした作曲家の一人としてドラマになることなんかをムフフと想像しながら、なるべく「人間らしく」書こうと思っている。
「人間らしく書く」ということは、どういうことか。喜怒哀楽を織り交ぜながら、喜びも悲しみも、夢も欲望も人に言えないようなことも、一人の人間が生きた証として、ちゃんと記録することだ。きれいなこと、楽しいことばかりじゃだめなのだ。
昔、恋人が「わたしたち楽しいことばかりで、つまらないわ」と去ったことがあった。そう、あの恋は、ドラマの脚本としては最悪だったのだ。
・・・これは僕のことではない。さっき読んだ本に書いてあった。
そういえば一度だけ、日記を消したことがある。中学校の教育実習のとき、担当教官に「教育をなめるな、ここから出ていけ」と胸ぐらをつかまれて、音楽室のスミまでぶっ飛ばされて、椅子がガラガラ倒れて、気を失ったときのこと。思い返せばあの瞬間から、僕の旅がはじまったのだ。小学校で出会った「心ある」先生たちや、子どもたちと、自分らしくつながるために、「ここから出ていく」と決めた瞬間だ。
でも、もう日記は消さなくていい。貧乏や好奇の目で見られることと引き換えに、「僕」はあの日、自由を得たのだ。それに、この物語は、読みたい人だけが読む、半分ほんとで、半分つくり話の、フィクションということになっているのだから。
さて、明日は何を書こうかな。
『旅人のうた、僕のうた』
果てなく広がる青が 鳥たちを呼ぶように
心に描いた空が 僕を歩かせた
時の隙間で動けないときは
故郷の歌 口ずさみ
憧れの始まりの時にみた景色を 思い出す
あの日僕は旅人になった
夢を歩く僕になった
空に抱かれて、唄一つ持って
花に恋して 僕は歩く
折れかけた気持ちで涙する時も
優しい人の笑顔に会える
あの日僕は旅人になった
夢を歩く 僕になった
空に抱かれて 唄一つ持って
花に恋して 僕は歩く