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金子みすゞ(詩人)その魅力に迫る。|金子みすゞ記念館、3度目の取材。


写真提供:金子みすゞ著作保存会

幻の童謡詩人「金子みすゞ」

童謡詩人を語る上で、絶対に外せない人物。。。それは、金子みすゞさんではないでしょうか。

山口県長門市仙崎という小さな漁師町で、20歳になったばかりの金子テルさん(本名)が、「金子みすゞ」として童謡の雑誌に投稿をはじめて、26歳で亡くなるまで・・・

短い期間で書かれた詩に込められたメッセージは、現代にも響く、とても繊細で優しい作品ばかりで、今もなお注目を集めています。

今回は、金子みすゞさんとはどういう人だったのか、なぜ賞賛されてきたのかを、金子みすゞ記念館3度にわたる取材を元に、まとめていきます。

申し遅れました、僕は金子みすゞさんの大ファンで、合唱作曲家の弓削田健介(ゆげたけんすけ)と申します。普段は小中学生のための合唱曲を作っています。


弓削田健介プロフィールはこちら 普段はこんな歌を作っています↓

金子みすゞとは?

金子みすゞさん(本名、金子テル)は、1903年に山口県長門市仙崎で生まれ1930年に26歳という短い生涯を閉じた、童謡詩人です。

童謡に詳しい人はもちろん、ACジャパンのCMで起用された詩「こだまでしょうか」や「わたしと小鳥とすずと」を書いた詩人と言えば、誰もが「ああ~聞いたことある!」とうなずきます。

みすゞさんが詩人として活動したのは、年代的には、大正末期から昭和初期に該当します。

その時代は、「日本の児童文化運動の父」鈴木三重吉が創刊した「赤い鳥」や野口雨情が編集長をつとめた「金の船」(のちに「金の星」と改題)、などの童話童謡雑誌がたくさん創刊され、まさに童謡の時代だったと言えます。

そんな童謡の時代に、西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛され、童謡の世界に彗星のごとく現れ、ひときわ光を放ちました。

実家は、金子文英堂という書店を経営していたこともあり、金子みすゞさんは本が大好きだったようです。金子みすゞ記念館は、金子文英堂の跡地に建てられていました。

当時の様子を復元しており、同級生、当時の先生方のインタビューなども残っていました。成績は優秀で、だれにでも優しい人であったといいます。

(金子みすゞ記念館にて)

「金子みすゞ」のデビュー

金子みすゞさんは、20歳という若さで、4つの雑誌「童話」「婦人画報」「婦人倶楽部」「金の星」に投稿したすべての作品が掲載されるという、まばゆいばかりの鮮烈デビューをはたしました。

「童話」には「お魚」「打ち出の小槌」、婦人倶楽部には「芝居小屋」、婦人画報には「おとむらいの日」、金の星には「八百屋のお鳩」が掲載されました。

このデビューがきっかけで、雑誌「童話の」選者で詩人の西條八十から称賛されるようになったのです。

天才・金子みすゞの短い詩人としての人生

みすゞさんには、まず、500編以上の詩を作り上げることができるベースとして、自分が目にしたものや耳にしたものを優しくも繊細な言葉で表現する力がありました。

どの詩をとっても難しい言葉を使わず、豊かな感受性を輝かせながら、心のままに織り上げられた詩には、みすゞさんの人柄そのものがあらわれているといってもいいのではないでしょうか。

しかし、23歳で結婚をしたものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまいました。意に沿わぬ結婚、さらには病気、離婚・・・と苦しみが続きます。

ファンとしては、もっと自由に生きて、みすゞさんらしい感性を輝かせ、たくさんの素晴らしい詩を残してほしかった・・。娘の「ふーちゃん」を守るために、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。

こうして、みすゞさんの残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人として語り継がれることになります。

「金子みすゞ蘇り」

その後、金子みすゞさんの詩は、長きにわたりその存在を忘れ去られてしまいます。

弟の正祐さんと、憧れの詩人だった西條八十に3冊の詩集をたくしていたのですが、なかなか発掘されなかったのです。

そして、50年の歳月を経て・・・。一人の詩人の努力によって、改めて金子みすゞさんは注目されるようになりました。

その詩人とは、児童文学者の矢崎節夫さん昭和41年、大学一年生だった矢崎節夫氏が、みすゞさんの詩「大漁」に出会うところから始まります。

この詩を初めて読んだとき、みすゞさんの深くやさしいまなざしに触れた矢崎節夫氏は、強く心を動かされたということです。

(仙崎名産蒲鉾板プロジェクトM)

矢崎節夫さんは、以来 16 年間にわたって金子みすゞさんの調査研究に没頭され、奇跡的なご縁で、みすゞさんの弟、正祐さんと出会い、遺稿 512 編を発見。

そして昭和59年2月、JULA出版から「金子みすゞ全集」が出版され、その功績により日本児童文学学会特別賞を受賞されています。

その後も数多くのみすゞさん研究で活躍され、1993年『童謡詩人 金子みすゞの生涯』で日本児童文学学会賞受賞。

時代を超えて伝わるみすゞさんの詩の素晴らしさは、たくさんの人々の心を捉えていき、今日では、数多く教科書にも掲載され、誰もが知る詩人となったのです。

ちなみに「みすゞ蘇り」の功労者で伝道師の矢崎節夫さんは、現在は金子みすゞ記念館館長としてもご活躍されています。

金子みすゞさんの詩

金子みすゞさんは、およそ512編の詩を書いたと言われています。

その中でも有名なものを、いくつか紹介します。

わたしと小鳥とすずと

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが
飛べる小鳥は私のやうに、
地面を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のやうに
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

ふしぎ

わたしはふしぎでたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀にひかっていることが。

わたしはふしぎでたまらない、
青いくわの葉たべている、
かいこが白くなることが。

わたしはふしぎでたまらない、
たれもいじらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。

わたしはふしぎでたまらない、
たれにきいてもわらってて、
あたりまえだ、ということが。

大漁

朝焼小焼だ大漁だ。
大羽鰮の大漁だ。

浜はまつりのようだけど
海のなかでは何万の
鰮のとむらいするだろう。

出典:金子みすゞ童謡集『わたしと小鳥とすずと』(JULA出版局)

金子みすゞ作品と教科書

2020年から、小学校の教科書が刷新されています。最新の教科書に掲載されているみすゞさんの詩は

「わたしと小鳥とすずと」(光村図書 国語3年)(学校図書 国語4年)(教育出版 国語5年)

「ふしぎ」(三省堂 国語4年)(東京書籍 国語4年)

「大漁」(教育出版 国語5年)

となっています。

ちなみに、教育出版の国語5年には、矢崎節夫さんの「みすゞさがしの旅」という文章が、収録されています。

みすゞさんの広がり

2011年には東北大震災時に金子みすゞさんの名作でもある「こだまでしょうか」を取り入れたACジャパンのコマーシャルが流れたことで、改めて時を超えて再注目されました。

様々な舞台、ミュージカル、テレビドラマとなったり、海外でも翻訳され続けています。

海をテーマにした作品

全512編ある詩のなかで、多くを占めているのが海や魚に関するテーマです。タイトル以外でも、作品のなかに海や魚を感じられる詩を合わせると130編ほど、あると言われています。

なぜ、これほどまでに海や魚をテーマにした詩が多いのでしょうか。

それは、金子みすゞさんの生まれ故郷でもある仙崎にあると言われています。仙崎とは、山口県大津郡仙崎村(現:長門市仙崎)の場所のことを表します。

この仙崎という場所は、日本海に面していることもあり今も昔も漁港として栄えています。

海や魚の詩が多いのは、生まれ故郷の影響もかなり大きいのではないでしょうか。山口県観光動画集の中にふるさと仙崎についての動画がありました。

この中では、金子みすゞ記念館で出会った草場睦弘さんがお話されています。矢崎節夫さんと共に長年、みすゞさんの心を伝えて来られた功労者として知られています。

記念館で「金子みすゞ顕彰会」向けに書かれた「みすゞ通信」の20年分をまとめた冊子を購入したのですが、その丁寧さと、歴史の深さに感激していたところ、この通信を長年手書きで書かれていたのが、草場睦弘さんでした。

記念館で優しく話しかけてくださり、「みすゞ蘇り」の奇跡に感動し、矢崎節夫さんの詩に出会うことができました。みすゞさんと時を超えて響き合った詩人、矢崎さんの詩は、やさしさ溢れる素晴らしい言葉で彩られています。

金子みすゞさんの詩が歌に

金子みすゞさんの詩が、拡がり、評価されるようになったのと同時に、童謡や合唱曲として作曲家によって魂を吹き込まれました。

「夏の思い出」を書いた中田喜直さんや、浜圭介さん等・・・たくさんの方のメロディで、子どもたちに歌われています。金子みすゞファンの作曲家として、僕もチャレンジしたいと思っています。

こだまでしょうか

わたしと小鳥とすずと

https://www.youtube.com/watch?v=q0E5AOCYuNc

金子みすゞ記念館

金子みすゞ記念館は、みすゞさんの故郷、長門市仙崎にあります。金子文英堂の2Fには、みすゞさんの机が復元されており、ミュージアムショップ、展示室、関係者のインタビュー音声などもあります。

2015年には入場者数が150万人を突破したそうです。ぜひ一度訪れてみてください。

(記念館のみすゞさんの部屋)

おわりに

最後までお読みいただきありがとうございます。今回は童謡詩人の金子みすゞさんについて、お話いたしました。これからも、金子みすゞさんが残してくれた詩は、これからもずっと語り継がれるに違いありません。

最後に、金子みすゞ記念館や仙崎の映像と共に金子みすゞさんのことをわかりやすく紹介した動画がありましたのでご紹介させていただきます。

ななび長門市観光コンベンション協会長門市観光課ホームページ「ななび」内

この記事を書いた人

弓削田健介(ゆげたけんすけ)

作曲家。主に小中学生が教室で歌う合唱曲を作曲(2020年より小学校の音楽教科書に楽曲が掲載) 全国を旅しながら年間150〜200回のスクールコンサートを行い、旅で得た体験を元に合唱曲を作曲。

児童合唱団との映像教材の制作や、日本の絶景と共に歌うユニット「Singing Beautiful Japan」としても活動中。

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